Life Peeping Documentary
18:00 SORA
◆18:00/うつぶし地区/コーヒーショップまちねずみ 大山団地前駅店/ナレーション:友安ジロー
「ん?」
駅近くのコーヒーショップ。角のボックス席に座る鉄ソラ(くろがねそら・女性/17歳/高校生)は電子ペンを回す手を止めた。一瞬、彼女が解く問題集の画面にノイズが走ったのだ。ソラは首をかしげ、氷が溶けて薄まったカフェラテを飲み干した。
進路のことで親と大げんかしたソラは、最終的に「今年度は好きにしろ」という言質をとった。だから、好きにする事にした。今は進学クラスの放課後補講に混ざりながら、学校の自習室やコーヒーショップで自主学習をする日々だ。
森【VR空間】の親友もソラを気遣い、森を介さない音声会話やテキストチャットで、日々の連絡を取り合うようにしてくれていた。その友達も最近は進級後の雑事で忙しいそうだ。ソラは大きく伸びをする。
「帰るか……」
家までは歩いて20分。19時の夕飯までには帰るようにしていた。
端末をしまって身支度を整える。さて帰ろうかとリュックを抱えた時、バックヤードから、大きな物音と女性の声があがった。
「えっ」
店内の誰もが、音のしたスイングドアの奥を見ると、ドアを弾くように白い影が飛び出してきた。ヘイゼル社の清掃人形だ。
「えっ」
子どもの背丈ほどある50kgの人形は、仕様上の速度を遥かに超過したスピードで直進してくる。まっすぐ、ソラの座るボックス席へ。
「えっ?」
ソラは咄嗟にリュックを抱え、ボックス席の奥へ逃げる。人形がテーブルへ衝突した。「うわ」一切遠慮のない衝撃に店内がざわつく。
「うそ」
清掃人形は大きくノックバックした後、再びソラの席へ衝突。卓上のコップが倒れ、床で割れた。それでも人形は愚直な直進行軍を止めない。ソラは目を大きく開き、周囲を見た。スタンドとカウンター席の客はもう逃げ出している。誰もソラとは意図的に目を合わせない。
一人だけ、手前のボックス席にいた中年女性と目が合った。
「お姉さん、こっち!」
女性が手招きする。
「え」
「おいで! もう、土足でいいから! おいで!」
「あ、あ。はい!」
ソラは意を決した様子でスニーカーを履いたままテーブルを這う。途中何度か人形の衝突で動きを止めながら、どうにか対面のソファに渡った。そして、手を伸ばしてくれた女性……相森糸(女性/49歳/靴屋)の手を取り、隣へ滑り落ちるように座った。
「大丈夫?」
ソラはリュックを抱きしめて小刻みに頷く。
「びっくりしたねえ」
糸はソラの背中をさすりながら、カウンターで固まっている女性店員へ声をかけた。
「これ故障だと思うから、ヘイゼルの窓口に連絡して。で、遠隔で落としてもらいな。急いだほうがいいよ」
ソラは、糸に助けられながら階段を降り、少し離れた大通りで立ち止まった。
「じゃあ、おばさん駅だから。お姉ちゃん気を付けてね」
「あの、ありがとうございました。お……お気をつけて。そちらも」
「どういたしまして。じゃあね」
大股で駅に向かって歩き出した糸を見送って、ソラは携帯端末で親友を呼び出した。
『アロー。メドちゃんどうした?』
「あの、今話聞いてもらっていい?」
『ぜんぜん! いいよいいよ~』
ソラは、つっかえつっかえ、自分に降りかかった災難について話した。
「助けてもらえたけど、すっごい怖かった……」
『サンドリヨンが。メドちゃん怪我しなかった?』
「大丈夫、なかった」
『そっか! じゃあよかっ……あ?』
親友の声が急に途切れる。
「なに? なんかあった?」
ソラはリュックのベルトを強くつかむ。
『メドちゃん、早く家帰って。OZのサンドリヨン、一斉に挙動おかしいっぽい』
「ええ……」
『今調べてるけど、いろんなとこでサンドリヨンが急に動き出して、危ない動き方してるから。外よりお家のが安全だと思う』
ソラは、この親友をリスペクトしていたし、何より信頼している。
「分かった」
ソラは周囲の建物を見る。近くの飲食店でも、サンドリヨンが店内を無軌道に走り回り調度品を壊す姿と、何か割れる音や逃げ出す客が見て取れた。
「あのさ」
『うん』
「怖いから、通話つなげておいていい?」
『もちろん! 無事帰るまで一緒だよ!』
「……ありがと、あーちゃん」
親友の頼もしい声に後押しされるように、ソラは団地に向かって駆け出した。