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Image by Zoriana Stakhniv

Short Short Storytelling

​#3 ヒロイさん

 前に、出版社の話でナレ当てた時に言ったでしょ。「文字が読めて、意味がわかんねーとダメ」みたいなこと。バカでいるとロクなことねえんだわ。マジで。

 

 俺だってカキワリ【未登録市民を指すスラング】あがりだからね。難しい字だの、知らない綴りは読めないし、たぶんこの先も読めるとは思えねえ。でも、「音で聞けば意味が分かる」言葉の数だけはめっちゃ増やしたし、分かんなきゃ都度調べるようにしてる。

 

 どうしてかって、それで「しくじった」奴らの話があるんだ。

 

 じゃあ、話そうか。俺の友達……まあ仮に虹野彼方【オズの記名例で最も多く使われる仮名】ってしとくね。そいつの、ガキの頃の思い出話だ。

 

 虹野は古い飲み友達で、この話もしこたま酔った虹野から聞いたんだ。あいつが9歳だか10歳の頃の話。その頃、虹野は同い年くらいのカキワリどもとつるんでで、同世代に「やばい」と思われてた程度にはグレてたんだって。

 溜まり場は、うつぶしの港にあるコンテナ置き場。テキトーに集まって、日が暮れるまでダラダラ過ごしてた。で、ある日……夏の、夕方くらいだ。その仲間の1人が、「すげえ指輪見つけた」って言いだしたんだ。

 

 虹野が「盗んだんじゃねえだろうな」なんて茶化すと、そいつは「拾った」の一点張り。どこで拾ったのか聞いたら「この近くにあった」って。じゃあ行ってみるかって、まあ時間だけはあるガキどもだよね、指輪拾ったやつを先頭に、クソ暑いコンクリートの上を、4、5人でゾロゾロ行く。

 

 そしたら、よく人の出入りがあるからって近寄らなかったところに、でかい石があった。そうね……飲み物の自販機ぐらいのやつ。で、なんか彫ってあるからって、虹野が携帯端末で文字認識して読み上げてもらったら、『いれいひ』だって言うわけ。

 

 カキワリのガキなんか字もマトモに読めやしないし、そもそも『いれいひ』が何なのか分かんないわけ。指輪見つけた奴にとっては「でかい石の前に、めちゃくちゃ高そうな指輪が、ポンとあった」状態よ。そりゃちょっと手癖悪きゃ『拾って』来るわ。

 虹野の話だと、指輪には小さいルビーが縁取るように上下で帯状に連なって、台座の真ん中には、でっかいピンクサファイア。全部本物なら、バラして売れば金貨で20は行くかなって言ってた。そんなに状態が良かったらしいのね。

 

「でもさあ、加工屋に払う手間賃考えたら弱くない?」って聞いてたら、「その時の俺らもそうだった」って、虹野は言う。盗品としてバラして売るより、誰かのばあさんの指輪ってことにして、質草にするかって話になった。

 そん時よ。低い声で誰かが「返せ」、って言ったんだって。

 

 最初、みんなが、誰かの悪ふざけだと思った。「オイ誰だよ」「俺じゃねえよ」なんて、口々言い合う。で、いったんは冗談、ってことにしてね。「質入れするなら、誰がどこに持ってく?」「鑑定書ないとダメじゃね?」なんて相談が具体的になってきた。

 

 そしたら、「返せ」って。また。今度は、イヤフォンで音楽聞いてる時みたいに、耳に、声が直にぶち込まれた。

 

 虹野、さすがに悲鳴が出た。誰かの悪ふざけじゃない。「なんかいる」。他の連中も聞こえたらしくて、全員で顔を見合わせた。波の音が、いっそう気味悪かった。

 

「もう行こう。早くカネに変えてすっきりさせよう」指輪拾った奴が離れようとするのと、虹野が気が付いたのはぼぼ同時だった。自販機大の石が、ふいに自分たちに向かって倒れてきたんだ。逃げろって言ったのは誰だか、虹野はもう覚えてない。

 

 で、三度目の「返せ」が来たときに、虹野、とっさに「返す!」って答えたんだって。とにかく、まずい相手怒らせた! っていう感じがしたから、って。


 指輪を拾った奴だけが転んで、片足が石に挟まった。置いてくって選択肢はなくて、みんなして石を持ち上げようとするけど、ちっとも動かない。指輪拾った奴はパニックで泣き出しちまうし、つられて他の連中も涙声だし、慰霊碑は何しても動かねえし。

 

 怖いもの知らずのカキワリのガキどもが全員、その訳の分かんねえ「なにか」に怯えちゃったんだ、って虹野はその日7杯目のショットを飲み干す。


 これは、話聞いての俺の感想なんだけど。身近な大人がやべえと、自然と「何が原因で誰を怒らせたか」は肌感で分かるようになる。虹野、親が暴力でストレス解消するタイプだったから、そういう嗅覚が鋭くてさ、「誰」は分かんなかったけど「何が原因」かは分かったんだと思うんだ。


虹 野が「返す」って言ったら、急に慰霊碑がウソみたいに軽くなった。急いで下敷きになった奴引きずりだして、そいつが後生大事に握りしめてた指輪を虹野がぶんどって「置いてけ!」って、捨てた。下敷きになった奴は、一番ガタイのいい奴に背負ってもらって、そのまま散り散りに走り出した。

 

「あれ」にまた会う気がして、それだったら母親に殴られてる方がまだマシ、って虹野は笑う。そのまま何となく、虹野はコンテナ街から足が遠ざかって、そのころの仲間とも疎遠になっちゃったんだって。

 

 で、それから何年か経って、虹野は読み書きはまだダメだけど、慰霊碑の意味ぐらいは分かるようになった。そんで、思い切って行ったんだって。そのコンテナ街の、慰霊碑のところ。で、ちゃんと錨十字切って、詫びを入れたんだそうだ。

 調べてみたら、そこの慰霊碑ってのが、どうも特区で水難事故に遭って遺体が見つからない人たちの物だった。あの時の指輪は、お供えにしちゃ高いが、故人の愛用品かなんかだったんだろうな。虹野はそういうふうに片づけようとして踵を回して……作業中だったトロル乗りのおばちゃんに声をかけられた。

「あんた、ヒロイさん待ってるのかい?」って。

 

「ヒロイさん?」尋ね返すと、「お身内が海で亡くなったんじゃないの?」って返ってくる。慰霊碑にお参りに来た人かなんかだと思ったらしい。「小さい頃この辺で遊んでて、懐かしかったから寄ったんです」それより気になるのは、「ヒロイさんって、なんです?」

 トロル乗りのおばちゃん、色々教えてくれた。事故当時、不明者が身に着けていた物。それが、当時のままの状態で、慰霊碑に置かれることがあるらしい。で、港の労働者の間で、その親切な「なにか」を「ヒロイさん」って呼んでるんだって。

 

「気を付けないといけないのが」おばちゃんは言う。慰霊碑の前に置かれた物は「ヒロイさんありがとうございました。お預かりします」って言ってから拾うこと。そうじゃないと、ヒロイさんが怒るって。

 虹野、何も言えなくなっちゃって、おばちゃんが仕事に戻っていくのを作り笑いで見送った。それから、ふっと慰霊碑振り返ったら、さっきまで何もなかったところに、スニーカーが片方置いてあったんだ。あの日、指輪拾った奴が履いてたやつに似てる。それに気が付いた時、


「お前は返したからいい」低い声が虹野の耳元で聞こえた。

ヒロイさん/語り:山中カシオ 終わり

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