top of page

「CROWN&CROW」

いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。
今日の主人公は、渡マキ(わたりまき/63歳/女性/自営業)さん。
小さな5階建てのビル「クラウン」のオーナーで、ファッションが大好きなおばあさま。
彼女が育ち、今も愛する場所を、一緒に覗いてみましょう。

  P-PingOZ 「CROWN&CROW」 ナレーション/ドロシー

 ましろ地区、ひなげし通り12番地。ハイウェイとモノレールの高架の間、ひいろ地区とは橋を挟んで対岸に位置します。ここは長らく、ユースカルチャーの発信地。今でも多くの若者が、昼夜問わず自分の個性を磨いたり、競ったり、憧れたりしています。
 石畳風の目抜き通りには、ひいろ地区で見られるようなオリエンタルな服をネオンアレンジした専門店、オーナーのセンスで選び抜かれた物の並ぶセレクトショップ、小さなライブハウスやクラブ、古着屋さんに美容室……伸びるアイスクリーム屋さんなど流行りのお店も並びます。
 時刻は、そろそろ18時を回ります。ライブハウスやクラブ、夜間営業のフェイク植物屋さんも店を開ける時間です。テイストの揃ったファッションの若者たちが固まって、思い思いのナイトライフを始めるんです。なんだか、人通りが魚群みたいに見えてきますね。
 ただ、お店のところどころで電子看板が割れていたり、標識や街灯の支柱が曲がったりしていますね。街を歩く人たちも、夜でもサングラスをかけていたり、光る素材や威圧的なファッションが多いので誤解されてしまうかもしれません。
 でも、これは仕方のないことです。
 先月の3時間舞踏会【清掃人形の集団暴走事件】から、完全に立ち直れていないだけで、近くにイエローライン【観光車両、公共車両、タクシー優先の道路】がありますし、治安は良いほうなんですよ。
 さて。
 この目抜き通りをカメラを片手に颯爽と回遊するおばあさん。こちらが、今日の主人公、渡マキさん。
 詰襟の黒いロングワンピースはシンプルに見えますが、よく見ると黒い糸で大きく竜の刺繍が施されています。これはオリエンタル系ブランドのデッドストック品とのことですが、何より目を引くのは、ツーブロックの白髪と、刈り上げた右側頭部にインプラントされた集積回路です。
 特に何の機能もない、純粋にファッションとしての身体改造です。なので、蛍光ピンクのケーブルが首と集積回路を繋げているのも、ファッションです。
 このスタイルはマシンレトロと言って、マキさんがティーンだった頃……60年以上前の流行でした。本来のマシンレトロは原色を多用して、体にフィットする素材やハンドヘルド型端末のジャンク品、沢山のピアスで表現するものだそうです。マキさんのファッションは彼女自身が好きに着て、クロウンと呼ばれるようになったものです。
 黒いトップスとボトムをベースに様々なファッションの引用を行っていたマキさん、「カラス(crow)のように黒い服、借り物ばかりで中身のない道化師のよう(clown)」と批評され、それに対し「好きな服を好きに着てる。好きに呼べばいい」とリアクションしたのが名付けのルーツです。
 ちなみに、マシンレトロは、現在はもっと安全で洗練された、ネオニッシュ【neon+fishの造語】という形で息づいています。
「やあ。一枚いいかな」
 ちょうどマキさんが、そのネオニッシュの女の子に声をかけていますね。
「え! うっわあ、もちろん! マキさんに見つかりたかったんですよ!」
 結んだ二つのお団子に光る花を挿していた女の子は大喜びです。マキさんに見つかると良い波が来る、というのが、ひなげし通りに集まる若者のジンクスなんですって。
「ジャケット、自分作ったの?」
 鮮やかな緑のジャケットには、左に赤いLED文字で『青』、右に青いLED文字で『赤』と書かれています。あべこべでは……?
「んーん。友達に得意な子がいるんだ。良いでしょ」
「うん。面白い」
 ジャケットのバックスタイルには、所属ダンスクルーの白抜きロゴマーク。稲妻形に配置したLEDがそれを誇示していました。重ね付けしたLANケーブルブレスレットや、首元のQRコードタトゥーステッカーの色と光も、褐色の肌にとても映えますね。
 お分かりいただけましたか? ネオニッシュは、とにかく光るんです。マシンレトロの流れからガジェットを取り入れるのも特徴で、ARステッカーの流行も、ネオニッシュ系のアパレルが震源地だそうです。
「じゃあ、後ろ向いて。ジャケット前開けてこっち……そうそう」
 マキさん、ジャケットの模様がすべて写るようにポーズを指示して、カメラに収めました。
「自分、今日はこれからどこ?」
「40【フォーティー/12番地にあるクラブ】に。ショウケースやるんです」
「そう! 楽しんで。撮った写真、店飾って良い?」
「もちろん! うひゃー嬉しい!」
「ベニーちゃん、遅れてごめん! 教授がさあ……」
 そこに、女の子のお友達でしょうか、光る花冠を斜めにかぶったティーン世代の女の子がやって来ます。
 ブロンドのボブカットには色とりどりのつけ毛、VRゴーグルを首にかけ、黒地に赤で大きく「福」とプリントされたTシャツ。黒いツナギの裾は膝丈で、袖を腰で結んでいます。背中には、大きな熊のぬいぐるみリュックを背負っていますね。
「いいとこ来たね! イザベル、こっち」
 イザベルと呼ばれた女の子、お友達とマキさんを見て、無言で膝から崩れました。
「ほんもの……マキさんだ……物理現実にいる……」
 魂が抜けたようにへたり込む相棒を助け起こすと、ベニーちゃんと呼ばれた女の子は笑いました。
「この子、マキさんのファンなの」
「みたいだね」
「あ……あのあの、わたし、イラクサのモデルの画像見て、とっても素敵だなって!」
「あらそう」
 イザベルと呼ばれた女の子から握手を求められ、マキさんは応じます。
「もうババアだけど」
「おばあちゃんでも、好きなお洋服なのがかっこいいんです!」
 この女の子の反応が特別熱烈というわけではなく、マキさんを知る人たちは、程度の大小はあっても、このようなアティチュードです。
 彼女がリスペクトされているのは、マキさんが12番地の生きたヒストリーだからでしょう。
 マキさんが10代の頃。ましろ地区とひいろ地区のダンサーらが高架下で交流したことが、新しいファッションカルチャーとひなげし通りを生みました。マキさんはそこでモデルにスカウトされ、ショーを中心に成功した方でした。
 その後家族が増えたことでストリートから離れたのですが、ずっと自分の好きなファッションを大切にしてきたマキさん。私生活が落ち着いてから、この街にマシンレトロを中心にした古着屋さんを構えました。それが、20年と少し前。
 そうして、長いブランクさえ楽しむように、マキさんはひなげし通り12番地と再び仲良くなったのです。ここではお話しませんが、まるで映画が作れそうな道のりでした。そのライフスタイルが、若者たちにどう見えたのか。彼ら彼女らのマキさんへの態度でよくわかりますね。
​「お! 見つけた」
 女の子たちと別れ、次にマキさんが目をつけたのは、藁のように痩せた男性です。
「ありゃ、また見つかっちゃった」
 サスペンダー付きのスラックスは千鳥格子模様、身頃で色の違う切り替えシャツ、頭の帽子とブーツは同じ花柄。
「今日はいい帽子じゃないか」
 男性、やや自慢げに帽子を外してお辞儀します。
「帽子と靴は職人通り【ブラウニーどおり/うつぶし地区・オーダーメイドの職人が集まる商店街】よ」
 マキさん、感心したように男性の全身を見ます。
「でかい買い物した甲斐があったじゃないか。撮るよ」
「いいけど、飾るのは」
 男性は指でバツ印を作りました。
「また? まあいいわ。そうだな……あすこの花屋の前」
「はいはい」
 並んで花屋さんへ向かいながら、二人はお話を続けます。
「興味本位で聞くんだけどさ。インプラント、やるとどんなモンなの?」
 男性はお金を示すハンドサインで尋ねました。
「ちゃんとしたら、50ぐらいか。銀貨」
「うへえ」
「やるんなら一生モン」
「だろうね。医者とか大変って聞いたし」
「大変よ。子ども産んだ時は全員大変だったわ。それで三人だから、よくやったよね」
 マキさん、豪快に笑います。
「ばーちゃん、病気しないでよね」
 第02特区、平均寿命はだいたい70歳ぐらいです。
「死ぬまでは元気だよ。店先使っていいかい」
 花屋さんに声をかけ、男性のスナップショットを撮影します。
「やっぱり、いいよ、自分。モデルに向いてる」
 マキさんが褒めると、男性は苦笑い。
「やだよ、小心者だもん。じゃあ、俺打ち合わせ行かないと。終わったら店行くわ」
「お、あたしも戻らんと。また見つけたらな」
 あ! マキさん、ご自分のお店に戻るみたいですよ。せっかくですから、私たちもついていきましょう!


👚


 ひなげし通り、12番地。狭い路地の隙間に、床面積の狭い5階建てのビルがあります。
 ここが、今日の主人公、渡マキさんのお城「CROWN」です。
 数名いるスタッフのお給料、仕入れやビルの維持にかかる諸経費を払うと、毎月マキさんの手元には最低限のお金が残る程度の利益が出ています。
 古着を含め、様々なテイストのお洋服やアクセサリーを中心にしたセレクトショップが3フロア、古いファッション関係の資料や撮影したストリートスナップのアーカイブを閲覧できるフリースペースが1フロア、最上階に事務所が入っています。更に、地下には夜間だけ営業の小さなダイナー。
 マキさん、大体のお仕事をお孫さんぐらいのスタッフ達にお任せして、ご自分は展示会や買い付けに行ったり、アーティストのスタイリングをなさったり。空いた時間で、先ほどの様に、12番地のファッションをカメラに収めています。
 COWNの地上階は10時から19時、地下階のダイナーが入れ替わりで19時から日付が変わるまで営業します。小さいお店ですが音響設備もあって、どこのフロアでも、イベントやパーティーで貸し切りにできるそうです。
 マキさん、夜はダイナーのカウンターでお客さんを眺めるのが大好き、なのですが……お店のドアを開けるなり、何やら険悪な雰囲気ですね。
「オーナーぁ……」
 白いシャツを薄いピンクで濡らしたアルバイトのミナミコさんが、手に負えないという表情でマキさんに泣きつきました。
「ケンカ?」
 ミナミコさんが頷きます。
「友達関係のトラブルらしいんですけど、止められなくって……」
 マキさん、口論する二人を見ます。片方は、ベリーショートに動物柄のファージャケットとタンクトップ、レザーパンツを履いたズーリズム【Zoo+tourismの造語】の女の子。もう片方は、リボンやフリルを沢山使ったふんわりワンピース、パステルカラーのお人形さんみたいなキャンディードーリーの男の子。
 お話を聞く限り、お互い共通のご友人をはさんだトラブルらしいのですが……
「わかった。一人にして悪かった。後は良いよ」
 マキさん、ミナミコさんに物理鍵の束から一つ外して手渡します。
「2階の鍵。好きなトップス着てこい。落ち着いたらおいで」
 背中を叩いてスタッフ入り口へ送り出しました。ざわつく店内を数歩で横切り、マキさん、カウンターの中へ入りました。お客さんの視線は、マキさんとグループを交互に往復します。
「何歳児のおでかけ服だよ! 家帰って塗り絵でもやってな!」
「はぁ?! そっちこそ、そんなに動物好きならVRZOO(動物園)にでも行けば? あ、アンタがもうひとりで動物園か!」
 ついにお互いのスタイルにとって最大の侮辱的な言葉まで飛び出しました。
 あの、さすがにそろそろ止めないと……
 マキさん、カウンター下から取り出したのは……白地に赤のラインが入った……ショットガン? えっ、免許所持していましたっけ?
 ええ、いけませんよ、そんな、レーティングが、【破裂音】

 お店に響いた発砲音に、お店は一瞬で水を打ったようになりました。

 マキさんの構えたショットガンから放たれたものは、喧嘩をしていた二人のそばに着弾して蛍光オレンジの塗料を散らしました。
 よかった! ペイント銃でした!
 マキさん、二人を静かに見据えます。そして、「次は服」と一言。
 このお店に限っては、ペイント銃は実銃より効果がありました。
「やめる?」
 喧嘩をしていた二人は視線を交わし、マキさんの問いかけに即答します。
「やめる!」
「やめる」
「なら、自分たち。相手一個ずつ褒めて」
「は?」
「え?」
 マキさん、再びペイントガンを構えます。
「いや文句とかじゃなくて」
「あの」
「なら、奥」
 ペイント銃の銃口を動かして、奥のボックス席へ向かうよう指図します。
「あとは解散!」
 マキさんの鋭い声で、お客さんたちはまばらにそれぞれの時間へ戻っていきます。
「オーナーお疲れさまで……す……?」
 ミナミコさんと入れ替わりで入ってきた男性の大橋さん。お店の状況が飲み込めないみたいです。
「おう。お疲れ。ミナミコ少し抜けてるよ」
「それは別にだけど。なんです?」
 大橋さんの視線はペイントガンに注がれています。
「大丈夫。適当にノンアルの飲み物二つ用意して。他からも一杯ずつオーダー取って。ウチが払う」
 それで何事か察したのか、大橋さん、カウンターで仕事に取り掛かりました。マキさんはペイントガンを椅子に立てかけて、カウンターから二人の様子を伺っています。
 マキさんの視線の先では、口論していた二人が気まずそうに、お互いを探り合っていましたが……ズーリズムの女の子が、男の子の爪を見て身を乗り出しました。
「え、お前ネイルめっちゃいいじゃん。どこよ?」
「甜甜街の方のサロン。そっち、まつげ綺麗だけど、マスカラ何?」
「マスカラじゃない。エクステにマニキュア塗ってつけてる」
「へえー……」
 男の子、少し気まずそうに切り出します。
「……さっきはごめん。あいつ、俺のことそんな風に言ってるなんて」
 マキさん、大橋さんからドリンクを受け取って立ち上がりました。
「こっちもいきなり吹っ掛けて悪かった。オーリって呼んで。よろしく」
「ハルカ。よろしく」
「自分たち、落ち着いたか?」
 そう言って、二人の座るボックス席へ、ミントブルーのドリンクを置くマキさん。
「すみません」
「ごめんなさい」
「原因なんだ。行き違いか」
 二人は頷きます。
「次から場所選べ。これはウチ持ち」
 そして、オーリさんの隣に無遠慮に座りました。
「自分、そのウィッグ、自分でセットしてるか」
 そのままハルカさんに尋ねます。
「え、地毛じゃねえんだ! どこの?」
「あー……あとでサロンの場所と一緒に教える」
「助かる~! 地毛っぽいの探してたんだ」
 オーナーさんの性格がお店に出るとは、よく言われることですけれど……切り替えというか……見た目の全然違う人たちが、小物やメイクの話ですっかり喧嘩を忘れてしまうものなんですね……
「来月、ねーちゃんの結婚式でフォーマル着るんだけど」
 オーリさんがため息。
「今の髪だとダメなんだよ」
「ダメ?」
 マキさんが尋ねます。
「ねーちゃんが、妹らに揃いのバレッタつけて欲しいって言うわけ」
 携帯端末で画像を見せます。
「へえ。本物の真珠だ」
「マキさん写真で分かるの? エっグい」
 ハルカさん、自分のネイルを見て何かに気づいた様子。
「もしかして、爪もそれで?」
 オーリさんは気が重たそうに頷きました。
「別に、ねーちゃんが嫌いとか、フォーマルが嫌とかじゃないけど……なんかさぁ」
 オーリさんのため息を、マキさんはむしろ面白がっているようです。
「自分、本当にズーリズムだな」
「本当って?」
 ハルカさんが首をかしげました。
「昔、もっと北側に住んでた富裕層の子どもらが、親に反発したのがズーリズムの原型」
「へえ」
 ハルカさん、興味深そう。
「あの頃の親世代が動物保護に熱心だったから、それを皮肉って、ファーだとか、動物の柄物だとか着てな」
 居心地悪そうに身じろぎするのはオーリさん。
「いや、別にそんな、反発とかじゃないし……あ! そうだ、ドレスとか決まってないから、二人とも助けてよ。バレない程度に好きにしたいし」
「俺はマキさんのコーデが見たいなあ」
 ハルカさん、オーリさんと一緒にマキさんに期待するまなざし。マキさん、右側頭部のインプラント接合部を軽く掻くと、立ち上がります。
「本当は有料だぞ」
「!」
「タブレット取ってくる。あと、自分。メイク得意だろう。手伝え」
 ハルカさんに言いおいて、マキさん、私物のタブレット端末を取りにダイナーを後にしました。
「あ。えっと、オーリ今のうちに、連絡先」
「そうだ。頼むわ」
 後には、携帯端末を振る二人。

 ……マキさんが地下からの階段を上がる途中、街で写真を撮った男性とちょうどすれ違いました。
「来たか」
「来るって言ったからね。ばーちゃん楽しそうよ。良い事あった?」
 男性の言葉に、マキさんは目を細めました。
「ウチはいつでもご機嫌だよ。自分も楽しんでいきな」


【スタッフ】ナレーション ドロシー/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック


P-PingOZ 「COWN&CROW」 終わり

bottom of page