Life Peeping Documentary
「no book, no life」
いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。
さて、今日は、紙の本を作る出版社の職場見学に行ってみよう。何が見えるかな?
P-PingOZ「no book, no life」/ナレーション:山中カシオ
うつぶし地区。放置されてボロボロのフェイク街路樹が、意地で広葉樹のフリをしてるドリーム通り1番街。大き目の集合住宅地上2階、南側の2フロア。これが今日の主人公なんだけど……
「稿料? 前渡ししたでしょうが。飲みすぎて脳縮んだんじゃないの?」『絶対安全風俗ガイド最新版、初稿提出まで残り12時間です』「斉藤です。少し早いんですが直し受け取りに伺います」「やっと捕まえましたよ! グルーミングする前に原稿あっ切っ! サナガラ先生森から出てきてくれません!」
うるせえとこ来ちゃったね。
ここは、シェラザード出版。子ども向けの童話と、「大人向け」のガイドブックと、いろんな実録本が稼ぎ頭で、時々思い出したように出すお堅いルポの評判が凄くいいところ。
ルポは俺も幾つか読み上げで聞いたけど、上っ面舐めた葦の歌【葦の歌:ゴシップ】よりしっかりしてる。おすすめ。
シェラザード出版は、集合住宅の1BRを2部屋屋ぶち抜いてオフィスにしてる。大きな会議テーブルにはレトルト食の空トレイ、いつも誰かが寝ている簡易ベッドと、誰かが寝ていた毛布のかかったソファ。忙しいとこって大体こんなよね。
壁づたいや仕切りの代わりに一面黒いラック。これまで出した紙本【かみぼん/紙でできている本】の返本や資料がギュウギュウ。地震で倒れたら何人か神殿行きだろうなあ。
まあ、ここはそれでもいいっていう連中の集まりなんだけど。
さて、ここにずらっと並ぶ紙本。みんなの中には、小さい頃に見たのが最後っていう人もいるよね。けど、意外と色んなとこで頑張ってんの。例えば、そうね。電子機器の持込規制がある場所。例えば……病室とか、機微情報を扱う企業の休憩ラウンジ、Bleu Blueの聖堂、行政ビルの中。
あと、シェラザードでは扱ってないけど、指でデコボコを触って読むタイプの本もあるよね。紙本の役割は他にもあるんだけど、それは一緒に見ていこっか。
お? 早速一人事務所を出てくぞ。明るい茶髪をローポニーにくくって、安いカジュアルウェアに年季の入ったリュックの人。斉藤ナオコ【さいとうなおこ/30歳/女性/編集】。
どこ行くのかな? ついてってみよう。
電動スクーター乗ったナオコ、うつぶし地区の通称『高架下住宅街』に向かっていく。うつぶし地区の南のはしっこあたりで、モノレールの階層路線真下に建てられた二階建ての宅地のこと。家賃がえらい安くて、引き換えにプライバシーとか騒音とか治安とかを差し出してる。
カキワリ【未登録市民を指すスラング】とオオカミ【オオカミ:犯罪者・ならず者を指すスラング】のねぐらがご近所さんなんだよね。目当ての家の前でスクーターを止めたナオコが、顔認証ロックをかけたスクーターに更に物理錠ふたつかけてるのは正しい。
隣んちとほとんどくっついたような二階建ての、同じ面構えした建物がずらっと並んでいる。目印は扉にぶら下がるリスのマスコット人形だ。呼吸と髪を整えてから、ナオコはチャイムを鳴らす。
「斉藤ですー」
『開ける! あっ動くな!』
ドア一枚向こうから聞こえる騒がしい生活の気配に目を細める。スマートロック開錠音の一拍あと、ナオコはドアを開けた。
「止まりなさい! 汚れる!」
「やーだー!」
そのナオコの目の前で床を転がってんのは、下着姿で両手のない女の子。お風呂上りっぽいね。義手を持ったベリーショートの女の人が、ナオコと応対したほうだ。お取込み中失礼しまーす。
「悪い斉藤ちゃん!」追いかけてる方がナオコに謝る。こっちが、家主の那須田きみこ【なすだきみこ/年齢非公開/女性】。シェラザード出版と懇意のライターだ。歓楽街のオトナ向けサービス業のレポートだとか、カジノの勝ち方とかがメイン収入だけど、今日の仕事は絵本の名義だ。
「いいえー。こちらこそお邪魔します」
ナオコは、女の子に向かって手を広げて笑った。
「こんにちは。抱っこしていい?」
転がってた女の子が止まった。こっちが、ハリちゃん。未登録市民。アバラ浮くほど痩せてて、15歳くらいかな。濡れた髪をブルブル振って、ピュアな笑顔。
「いいよ!」
ハリちゃんはゴロンと起き上がった。言う事やる事が見た目より10歳ぐらいおチビちゃんだ。そういう子もいるよね。
「ありがとう」
ハリちゃんをハグしたナオコ、振り返って那須田に目くばせ。素早く那須田が義手を固定。両足と同じドロッセルマイヤー製の、買いやすくて頑丈な生活義肢。
「よし終わり!」
「やだ! まだ遊ぶ!」
着けたばっかの腕を振って幼児のお作法で駄々こねるハリちゃんを「後で!」で那須田がひとまず黙らせた。
那須田がハリちゃんの保護者になって、まだ三か月ぐらいらしい。だいぶ打ち解けてるけど、ハリちゃんがこうだから、実のところ、那須田は困ってる。
「アクセル名義の方、その後どうですか?」
「いやー、在宅だとダメだねえ」
那須田はタンクトップの上からオーバーサイズのデニムシャツを羽織る。
「取材出られんし、花連れて帰れんし、しばらく休業するつもりで、他所にも連絡してる」
オトナ向けの方、実際にサービス受けないとネタ出ないもんな。
「人に預けてってのもさ」
預けるに反応したのか、ハリちゃんが那須田の腰にしがみついた。
「こうでしょ? とりあえず教室で繋ぐしかないわ。原稿持ってくるね。座ってて」
教室っていうのは、この辺の住民向けの、初等教育の先生って意味だ。この「先生」ってのが、この辺じゃえらいリスペクトされる。この辺はまだ、登録市民が多い。結構な世帯が住んでるけど、子供世代まで教育のパワーが行きわたらない。那須田が始めた副業は、その辺に向けての預り所と塾みたいなもんだね。
「ハリちゃん、お土産あるよ。見る?」
まだ那須田の腰にぶら下がったハリちゃんに、ナオコはリュックから自社の絵本を何冊か取り出して見せた。ハリちゃんが那須田の腰から剥がれた。
「見る!」
チビちゃんの扱い慣れてるなあ。那須田はアイコンタクトでナオコに礼を伝えて二階の仕事場へ。見送ってソファに座ったナオコの隣に、ドサッとハリちゃんが座った。
「那須田さんのタブレット、壊して本が読めなくなったって聞いたから」
「……投げちゃったの」
ナオコは、ハリちゃんの細い背中を撫でる。まあ……チビちゃん向けタブレットならいざ知らず、普通の仕立てじゃ10代の肉体パワーには勝てないわ。
「こっちなら、壊してもすぐ直せるから大丈夫だよ」
大判の絵本を一冊ハリちゃんへ差し出す。確かに、直すのにかかる時間の短さは、紙本が強い。
「ほんと?」
慣れない手つきで絵本を受け取ったハリちゃん。「か、も、め、の、う、い、る」表紙の文字を読み上げてから、困った顔でナオコを見た。
「ああ」
ナオコは別の絵本を手に取り、表紙をめくってみせる。
「こう」
「えっと、こう?」
見よう見まねで、ハリちゃんはそろそろと本を開く。この義手に慣れてない感じだね。
「そう!」
「お待たせ。ハリ、斉藤ちゃんにありがとうしたか?」
「するよ! ありがとね!」
仕事部屋を出てきた那須田とハリちゃんのやり取りに、ナオコは笑った。
「上で読んでおいで」
「んー!」
ハリちゃんと入れ替わりで、手にプラスチックのケースを持った那須田が、ナオコの隣に座る。
「ゴメンね、色々。いつも助かってる」
「いえ! 好きで……その、やっているので!」
あーあ、ナオコ声裏返っちゃってるよ。
「それに、ほら! 義手の練習にもなりますから」
「ありがとうね。じゃあこれ、2校のお返しです」
那須田は原稿の入ったプラスチックケースをナオコへ渡す。
「はい! 確かに。赤入れたところ見てもいいですか?」
お、双方スイッチが入った顔になったな。
「お願いします」
ケースから取り出した原稿を二種類、少し手元から離してじっくり見る。あ、発売前の本だから中身は隠してます。悪しからず。
「初稿で直して貰ったとこ……ここ。まだ青み強い感じがするから、直してもらいたい」
片方が最初の、もう片方が今回の原稿。
試し刷り用の紙の代金もバカにならないし、こうやって何度も修正を繰り返してできあがるから、OZに流通する紙の絵本は数が少ないし、古いやつの焼き直しと、売れたやつのシリーズが延々出てるって感じ。正直、シェラザードのやってることって採算取れてないのよね。
でもさあ……
「あれ、下書き残ってますか?」
「げ、ほんとだ。見落としたあ。悪い」
「修正してもらいましょう。文章の校正は……あまり大きなものはないですね」
この二人の顔見てると、採算とか、そういうの、粋じゃないって感じしちゃうな。
まあ、商売それじゃやってけねえから、絶対安全風俗ガイドとか出してんだろうな。コードの関係でそっちのご紹介はできないんだけど。
「あ……ここのセリフ」
「悩んだんだけど、ハリが分かるのは、斉藤ちゃんが提案してくれた方だったんで」
「ありがとうございます!」
「ほか、気になるところは?」
那須田が聞くと、ナオコは大好きなものを目の前にしたような顔で那須田を見た。
「よかったです! 今回も良い感じになりそうで! 早く書店に並んでほしい!」
「つまり」
「最終稿帰ってくるの楽しみですね! あ、もちろん事務所でまた確認しますけど!」
スイッチ切れるとただのファンになっちゃうのすごい切り替えだな。
「ああそうだ、那須田さん、その後お変わりないですか? 聞き忘れてました」
原稿をリュックに大事に片づけて、ナオコは立ち上がった。
「うん。大丈夫。そっちの社長さんにもよろしく伝えて」
「仕事の件も、なにか回してもらえないか相談してみますから」
「ありがとね」
那須田はナオコを玄関口まで送っていく。
「いえ! 何かあれば連絡するので、那須田さんもご連絡くださいね」
分かった分かった、と、那須田は苦笑いした。
「心配性だなあ」
靴を履いたナオコは立ち上がって、きっぱり言った。
「だって、那須田さんの本が出なくなったら一番悲しいの私です!」
この時の絵本は三か月後に無事発売されたし、そこそこ人気になって続刊も決まった。
◆
さて、P-PingOZ、今日の主人公はここ、シェラザード出版。
さっき、出かけてたスタッフの斉藤ナオコが、那須田先生から受け取った原稿を事務所に持ち帰ってきたんだけど……どうやら原稿チェックする前に別件が割り込んだみたい。社長含む常勤の社員が全員、ミーティング用のスペースに集まってるね。
それにしても、こうして揃うと……何の集まりかよくわかんないなあ。えーと?
一番良い椅子に座ってて、強めのメイクにモードっぽいスーツ着た女の人がシュエ・ワン【女性/47歳】。シェラザード出版を立ち上げた、一番偉い人。朝の支度に2時間かけそうなボリュームある巻き髪といい、見るからにやり手って感じ。
そこから時計回りに、小柄でハデな柄シャツが悪目立ちする魚住洋【うおずみひろし/男性/39歳】。ほぼすっぴんで近所に買い物に行きそうな格好の斉藤ナオコ。その隣に、どっかのバンドTで、アンカー髭のヒョロっとしたのが福永ウィルヘルム【ふくなが-/男性/52歳】。
「忙しいところすみません。急遽、相談したい事項が出たので集まってもらいました」
ウィルと社長の間に座ってる、緑の髪を今っぽいオールバックにしてタートルネックのニット着たチャーリー【チャールズ・テニエル/男性/24歳】が切り出した。
「レオライブラリで、気球の閲覧ができなくなりました」
チャーリーは、営業関係の仕事が8、原稿の催促が2の比率で仕事してる。板本書店の特集発注だとか広告なんかの売り込み、広告のスポンサー探し、事務所に来ちゃった面倒な客の応対まで。シェラザード出版の最前線で世間サマと衝突する役回りだ。
「これで、うちが板本で配信していた『気球』が全社停止です。ので、今回の件について、公式に声明を出します。僕のテキストたたき台に、ロカに3パターン作成してもらいました。ロカ、声明文を転送して」
『承知いたしました』
AI社員のロカがテーブルの真ん中に置かれたスピーカーから合成音声を流す。
『転送します』
「確認お願いします。そのうえで、正式なリリースのテキストを決めたいところです。5分あれば全部読めると思いますので」
お、チャーリー腕時計してるんだ。珍しい。
さて、みんなが読み込んでる間に簡単に説明しよう。『気球』がどんな本かっていうと、お掃除人形がハッキングにあってオズが結構混乱しちゃった事件、その犯人について書かれたもの。筆者の細波あぶく【さざなみ-/筆名】ってのは、オズでは身元不明の遺体を指す名前。いわゆる覆面作家ってやつだ。
この『気球』が、悪い意味で爆売れしちゃった。ここで取り上げた犯人っていうのが、久しぶりに出た大型の『憎まれ役』でね。一部熱狂的なファンを生んだわけ。そのバカたちが、犯人の収入にはならないってアナウンスしてんのに、買えばお布施できるってデマ信じて爆買いしてたの。
で、かねてから態度が悪かったこのバカどもを良く思わないアホたちが、中身も見ねーで板本書店各社に通報しまくった。シェラザードはその喧嘩でとばっちり食っちゃった。
「あの」
読み終わったナオコが小さく挙手した。
「どうぞ」
「文書の要点は4つ。現在の状況には思うところがある。細波の過去作は下げないでほしい。新作も進行中で、これも広く行きわたってほしい。紙本もよろしく、で、合ってる?」
ナオコの質問にチャーリーが頷く。
「です。その点が伝わればいいという感じ。内容について問題がなければ、あとはトークの姿勢についてなんですけど……要点については合意いただけます?」
全員が挙手し、チャーリーは、よし、と座りなおした。
次にだらしなく手を挙げたのは洋。
「俺は3案良いと思う。一番オーディエンスから同情貰えそう」
「同情だァ?」
そこに、前のめりで噛みつくのはウィル。間に挟まったナオコが、露骨に助けを求める目を社長に注いでる。
「いやあ、同情は安全圏にいる大衆の娯楽ですよ」
「一時の同情は有効だろうが、一度弱者の立場に甘んじると、今度は大衆が俺たちをコントロールしがたるぞ。俺は1案ぐらい尖っていいと思うが。うちのアティチュードに共感する層に届く」
ナオコがどんどん背中を丸めていく。誰か止めてやんなよ……
「むやみに怒り散らして敵を増やすの、いただけないでしょうよ」
「てめえ、ウチの方針分かってて言ってんのか?」
「習い性なんですわ。3000文字【ゴシップ、タブロイド紙関係者を揶揄するスラング】あがりは、部数伸ばす売り方をつい考えちゃうもんで」
ごつん!
机を殴る音。チャーリーだ。
「そういう不毛の極北みてえな討論は飲み屋でやってください。あんたたち良い大人、ここ職場」
あんまりにも冷えた態度に、さすがの水と油もおとなしくなった。ナオコは……まだ社長に助けを求めてる顔。
「ウチが紙本出す理屈も理念も承知してますけど、板と紙の売上げの率分かってますよね? 次の細波の作品は、デカく売れないと困るんですよ。僕たちが向くべきは、喧嘩の客でも思想に共感するやつでもない。未来の読み手だ!」
言葉に合わせて机を叩きながらまくしたてるチャーリー。
「下手な声明出して過去作まで差し止め食らったら、僕はここで首くくってやりますからね! ここで!」
立ち上がっちゃったチャーリーが、据わった目のまま腰を下ろす。社長以外が全員幽霊見たような顔してるけど、チャーリー、『やる』って言ったら『やる』やつらしいんだよね……
気まずさか何かでシンとした会議テーブルに向かって、シュエ社長がスラックスから伸びる長い脚と長いピンヒールのパンプスを乗せた。『振動を感知しました。地震情報はありません』ロカ……
シュエ社長、ヒールの先っぽで、男たちを順番に指していく。
「あんたは話が長い。お前たちは喧嘩をしない。ナオ、意見を聞かせてちょうだい」
ナオコは緊張が解けたのかつっぷして、そのままの姿勢で携帯端末を見る。怠けてんじゃなくて、テキスト確認中ね。
「私なら……3に寄せつつ2案ですね。2案が一番誠実そうです。あと、まだ買ってないけど楽しみにしてくれていた人、購入していたのに配信が止まって返金された人にはお詫びがあっていいと思います」
「そうか!」
チャーリーが背もたれに大きく体を預けてのけぞった。
「抜けてた! ありがとうございます」
「なんのなんの。そのためのミーティングでしょ」
ナオコは携帯端末をチャーリーに振る。
「そうだぞお。1時間程度でよく叩いた」
「後は……喧嘩のダシにされてる件、こういう状態になっていることは遺憾だ、ぐらいにするか。俺たちも腹は立ててるんだ」
水と油の二人もきっちり切り替わる。
「困ってるっていう話もしとこうや。紙本で買えるって話は補足程度にして……どうせなら紙本の特集なんか、できるかい?」
「昔のフォーマットがありますから、テキストだけ差し替えれば対応できますね。すぐ出すとあざといので、数日後ぐらいにしましょう」
「ほらー、また脱線してる!」
社長がこんな感じで時々方向を修正して、最終的にはロカが清書したテキストがすぐに公式ウェブサイトに反映した。さてお開きかな……っていうところで、シュエ社長が「待って」全員を引き留めた。
「ついでだから、細波の新作についての話もしたいんだど、いい?」
【ここから未放送分】
シュエ社長、デスクに乗せた足を下ろした。
「今回は、いつもの外部スタッフだけじゃなくて、新しい人にも手伝ってもらいたいんだけど。前作の……ASKちゃんとは連絡が取れる?」
「なんだ……確か、気球の手紙受け取った女の子か?」
ウィルの言葉を聞いて、ナオコがチャーリーを見る。チャーリー、しぶしぶ頷いた。
「あのクロウン【クロウン/ストリートファッションのテイスト】の子なら、僕、普通に友達になってますけど……あの子まだ未成年ですよ」
「前科もないし」
洋がまぜっかえす。
「前科あれば良いみたいな言い方よしませんか」
「チャーリー、脱線。その子には、ロカと那須田ちゃんちのセキュリティが気になるから、そっちの強化を頼みたいの。お賃金は相場の1.5で払う。とにかく外からの不正アクセスが怖い」
『私は正常に稼働していますよ』
「そんなにやばいですか? いくらなんでも」
『私は正常に稼働しています』
「ロカ、おやすみ」
『はい。おやすみなさい』
チャーリーが話の片手間にロカをスリープモードにする。
「未成年の児童を関わらせちゃまずいでしょ」
「大丈夫。安全は保障させます。いつものジーニー【ジーニー:便利屋の総称。合法、非合法を問わない】呼ぶから」
「それなら……まあ……」
不承不承、チャーリーは頷いた。
「そうだ、その件で。俺もクロックダイル【クロックダイルワークス:犯罪組織】の『目』の方、初期ロットの生き残り見つけました」
洋が手を挙げる。
「カニの情報、毎度正確ですけど何なんですか?」
シュエ社長、得意げに片方の眉を持ち上げる。
「あの娘(こ)はいつだって最高よ」
「惚気てる場合か」
ウィルは一番年寄りだから、社長を気兼ねなく茶化せるらしい。
「そいつとは接触できそうかね」
「身内の勤め先にメンテ入院してるんで、今行けば大丈夫だとは思うんですけど……死んだら骨は酒と一緒に撒いてください」
洋の物騒な発言は全員に無視された。ジョークだったみたいね。
「じゃあ、僕もあの子に連絡取ってみます」
チャーリーは私物の方の端末を取り出す。
「あの、私もそろそろ那須田先生の原稿……」
立ち上がりかけたナオコを、シュエ社長が手招きする。
「ナオちゃん。ハリちゃんの様子を教えて」
「ああ」
ナオコはあらためて社長に報告。
「元気でした。まだ5本指には慣れてないみたいです。近所に不審な人やドローンは、いなかったように思います」
「おお。良かった。百虎【百虎會(バイフーフイ):犯罪組織】まだ黙ってるか」
「今の時点では、那須田先生はただ児童を保護しただけですから。あと、那須田さんがアクセル名義の仕事できなくて困ってて」
「それなら」
洋が胸を叩く。
「俺からコラム系の仕事回せないか古巣当たるよ」
「よかった! 先生に伝えます」
今度こそ、と立ち上がりかけたナオコを、「ナオちゃん」またシュエ社長が呼び止めた。
「ナオちゃん。私情で那須田ちゃんに会いに行くの、当分禁止だから」
「……」
ナオコ、一瞬すげえ形相になったぞ。落ち着け。
「早いとこ細波の原稿上げましょう。それで文句ないですね」
ナオコの闘志に火が付いたって感じだ。
「頼もしい。よろしくね」シュエ社長、携帯端末で時間を見て立ち上がった。
「クロックダイルも百虎會も、まとめてブッ叩く。那須田先生の安全を考えると、できるだけ早く」
ナオコはじめ、人間のスタッフたちが、指先で戦う戦士の面構えに変わる。
「私ができることは惜しまないから、イレギュラーや不足があったら、いつでも私に連絡をして」
いやあ、これ最初に聞いた時はびっくりしたよ。クロックダイルと百虎會、いわゆる東南抗争の当事者どもだからね。
後からこっちで調べて分かった事の起こりは、那須田がアクセル名義で取材した店で拾っちゃったハリちゃん。この子が、両腕を刺突用義肢に置き換えてた百虎會の抱える陶兵【とうへい:使い捨ての戦闘要員】だったの。で、やべーことに首突っ込んだって、シェラザード出版に連絡を取った。
どうしてか?
那須田の使う筆名のひとつが、細波あぶくなんだ。そんで、細波あぶくは十数人からなるチームだ。そのコアが、ここ。シェラザード出版。
ハリちゃんが何者なのかは、この後無事出版された『針と目 未登録児童と身体改造と東南抗争』に書いてあるから、読めるようなら買って読んでね。
これ、当時この辺をカットした理由、わかってほしい。わかってくれたかな?
【ここまで未放送分】
シュエ社長、細波あぶくの新作について、いくつか指示を出した。出版する方向性は変わらずやってくらしい。内容についてはまだ発売前の作品だから、ここもちょっとカットしました。
「いつも通り連携取ってやっていきましょう。チャーリーが言ったとおり、私たちは未来の読者に向かって、記録と物語を残すことが使命です。最悪配信が差し止められても、紙本がある限り誰かの手に、私たちが人生を削って作った物は残る」
シュエ社長は手を叩いた。
「さあ、仕事に戻って。私はデートしてくるから、後よろしくね」
シュエ社長、ピンヒールをコツコツ鳴らして事務所出て行っちゃった。何となくわかってきたんだけど、ここの社員、振り幅がすげえな。
「ロカ、おはよう」
チャーリーがロカを起こした。
『おはようございます』
「あの社長出禁にしてくれない?」
『すみません、お話の内容が分かりかねます』
【スタッフ】ナレーション 山中カシオ/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
P-PingOZ 「no book, no life」終わり