Life Peeping Documentary
「絶対あんぜんおつかい録」
いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。
さて、今日の主人公はこの男の子。エルモ・ヴォルペ少年、御年6歳【エルモ・ヴォルペ/6歳/男性/学生】。
年末のユルんだ陽気さ漂う商店街を、派手な水色の毛糸帽子、同じ色のダウンコートの冬支度で歩いている。背中にはキツネの顔をかたどったバックパック。首には防犯ブザーつきの携帯端末をさげてる。
少年、白いほっぺを真っ赤にさせて、ブツブツ繰り返すのは「お魚、新しい年のやつ。赤いやつください」
このエルモ少年、この年の瀬に、なんとおつかいデビューする。人の目がある商店街とはいえ、子どもひとりじゃ危ないんじゃないかって?
大丈夫。まあ見てなって。
P-PingOZ「絶対あんぜんおつかい録」 ナレーション/山中カシオ
ひいろ地区、コマドリ横丁。海沿いのアーケード商店街で、この辺では珍しい、生魚を売ってる魚屋があったり、成型食の専門店が並ぶ。地元の台所みたいな場所なんだけど、ホリデイシーズンは特に繁盛するんだ。
オズだとホリデーシーズンに、魚か、魚の形の物を食べるっていう習慣がある。起源には色んな説があるけど、オズではお祝い事っていったら豪華な魚料理が定番で、コマドリ横丁には、魚も、魚の形の物も揃ってるってわけ。
ここで、テキストアーカイブで見る人向けの説明なんだけど、オズの食品って、豆系のタンパク質をベースに諸々を混ぜ込んで、立体印刷させるのが普通なんだ。
えーと、そうだな……例えば、きみが、ニンジンとジャガイモとベーコンでスープを作るとするじゃない。そっちだと、野菜とかお肉を切ったり、カット済みのを買ったりするって聞いたけど、こっちだと、食べやすい形に出力された成型食品なのよ。
使い道によって形は豊富だけど、ベーシックなのはキューブか、シート。本物との味の違いは、本物を知らないから、おれは分かんない。元の食品独特の味……甘いとか、苦いとかは、再現されてるって聞いてるよ。こういう成型食品は、大手メーカーの名前を取ってブリック食【字幕/Bricklebrit(ブリックルブリット)成型食品の業界トップシェア企業】、立体印刷で作るから、印刷食とも呼ばれてる。以上、説明はおしまい。
ここ、コマドリ横丁の成型食屋はジャンルが広くて、家庭料理で使う食材は一通り揃うし、キノコの成型食なんて珍しいものもある。この時期は、魚型の成型食だけじゃなくて、クジラ【溟渤教の神使とされる大型の哺乳類】とか、縁起のいいメッセージの形が人気。
さてエルモ少年に話を戻そう。今は、色々な露店や成型食の見本をゆっくりと眺めてる。アーケードの中は、今年のイヤーカラーと来年のイヤーカラー、紫と赤で飾り付けられてるね。二色のバルーンやタッセルガーランドの隙間を、横丁の名前にもなってるコマドリ型のカバーをつけたドローンが防犯を呼びかけながら飛んで、開店直後の店々は、呼び込みも元気がいい。
その呼び込みの誘惑に負けたエルモくん、たまらずフードトラックで包子をお買い上げ。親から預かった革袋【かわぶくろ/使い捨てクレジットカード全般を指す】かざして決済する。
包子は軽食の花形だから、ひいろ地区だと色んな街角で売ってるんだ。よくあるやつは、ソイミートをベースにした餡に、お気持ち程度に豚のエキスが混ざってる。エルモ少年は大丈夫みたいだけど、体質とか主義で食べれないものがあるなら、ちゃんとお店の人の説明か、成分表のQRを読むんだよ。
店主らしい、眼鏡に口ひげのおじさんが渡してくれた包子を、手袋を外して受け取る。それから、小さな口を目いっぱい開けて、一口ばくり。
あ、ああー……熱かったみたいだねえ。口を開けてハフハフと空気を送り込むエルモ少年を見て、お店の人がお水も渡してくれた。
ところでエルモ少年、それ、今リュックにしまったその革袋よ。お買い物にって渡されたやつだよね? 買い食いと歩き食いはコマドリ横丁最高の楽しみ方だけど、おつかいに来てるの忘れてない?
「お家の人は?」
フードトラックのおじさん、顔見知りなのかな。いいタイミングで声かけてくれた。エルモ少年、お水を飲み干してから返事をする。
「今はエルモだけ! お買い物したら、犬のところでパパと待ち合わせ」
「そう。なに買うの?」
「あかいお魚。新しい年のやつで、本物のやつ」
おじさん、渡し口から身を乗り出して空になったコップを受け取ると、そのまま、エルモ少年から向かって左方向を指さした。
「それなら、あっちだね。道覚えてる?」
少年は元気よく鼻から息を吐くと頷いた。
「ゆっくり食べていきな。魚逃げないから」
「うん」
うんって言いながら、エルモ少年は元気よく包子を食べ食べ歩きだしちゃう。フードトラックのおじさん、慌てて受け渡し口から身を乗り出した。「早く早く」小声で急かすと、トラックの物陰で様子を伺っていたお姉ちゃんが、エルモ少年を追いかける。
さて、見てて気が付いた人もいると思うんだけど、エルモ少年の後をつけている大人が何人かいる。この人たちは商店街でお店を持ってる人たちで、エルモ少年が無事に使命を果たすまで、付かず離れずで見守るスタッフだ。
あまり知られてないんだけど、コマドリ横丁商工会には、子どもの買い物デビューを助けるサービスがある。保護者が銀貨が30入った革袋を買って、それを持たせてコマドリ横丁でお買い物をしてもらうんだ。
その道中を商工会の大人がしっかり助けてあげて、保護者は商工会議所で、スタッフの撮影した映像とか、防犯カメラでお子さんの様子を確認してるってわけ。お買い物が終わると、お家の人と合流する仕組み。
だから、今エルモ少年はひとりのお買い物を満喫してるようで、横丁ぐるみで見守られてるんだ。ゴールになる魚屋さんでも、店番のお姉ちゃんが店先をウロウロして、エルモくんが来るのを待ち受けてる。
でも、そういう大人の思惑をよそに好き勝手楽しむのが、お子さんの特権ってやつなので。歩き出したと思ったら路肩のベンチに座って包子を平らげたエルモ少年、次の目標を定め、ベンチを飛び降りる。周囲の大人たちがアイコンタクトを取って、気が付かれないように一緒に動き出した。
◆
さて、P-PingOZ今日の主人公は、初めてひとりで年越しのごちそうを買いにきたエルモ・ヴォルペ少年。コマドリ横丁で本命のお魚を買う前にあちこち寄り道して、目的地までの数百メートルをマイペースに探検してる。
目下の興味は、印刷食のお菓子屋さん。透明なケースの内側には、動物や空想の生き物の形に出力された細工飴や焼き菓子、カラフルな幾何学型をした砂糖菓子。ここは印刷用のデータと素材を抱き合わせで売ってるから、それを使えば、家にプリンタのある人なら再現できる。印刷食の良いところは、基本的に見本と同じものが手に入って、複製もできるってことだね。
エルモ少年は、クジラの形を骨格が透ける飴細工をひとつ、それから、赤と紫で印刷された幾何学砂糖菓子の袋をふたつ掴んで、お店のおばあちゃんに渡す。ここでも、さっきの革袋をかざしてお支払い。
「食べてくの?」
おばあちゃんがニコニコ尋ねると、「こっちはね、お土産」って、砂糖菓子を背中のバックパックに丁寧にしまう。
「これはね、エルモが食べるぶん」
その場でフィルムを剥がして、ゆっくり骨の数を数えている。
「クジラは神様のお使いでね、遠い南の海に住んでるんだって」
お気に召したらしいエルモ少年はそう言って、クジラを頭から口に突っ込んだ。
「いい子にしてたら、いつかクジラが海の底にあるお城に連れてってくれるってママが言ってたけど、お城の人たちはどうやって息してるか知ってる?」
「どうだろうねえ」
おばあちゃん、適当にあしらって「おつかいじゃないのかい?」と話を本筋に戻してあげる。
「そうだ! お魚屋さん!」
「もうちょっと行くとあるよ。頑張ってね」
エルモ少年はリュックを背負い直して、お菓子屋さんから旅立った。
クジラの飴をゆっくり溶かしながら、エルモ少年は地元のアーティストが作ったねじれたアナログ時計のオブジェをじっくり眺める。
そうかと思ったら、見守りのスタッフを一瞬振りきって、犬を祀った廟に立ち寄って革袋で最小金額を投げ入れる。追いついたおじいちゃんが真横に立つ。少年は両手を合わせ、何かむにゃむにゃとお祈りする。この廟が、買い物終わりに待ち合わせする所だね。ここは、大昔にコマドリ横丁にいた犬が色々あって神様になって、観光スポットになってるところ。ご利益は、ペット関係円満、水泳、試験の合格、だったかな。
エルモ少年の味わっていたクジラの飴がすっかり小さくなった頃、ようやく目的地が見えてきた。アーケードの南端に大きな店構え。店内はホリデーシーズンをテーマにした音楽のインストアレンジが流れてて、保冷剤や氷の詰まったショーケースに、今朝卸してきたばかりの魚が並んでいる。
店先に立つ、ネオングリーンの防水エプロンをつけて、コーンロウにエプロンと同じ色のエクステを編み込んだお姉ちゃんが、安心した風に出迎えた。
「いらっしゃい」
「あの! これ! 全部本物ですか?」
あらま。練習したセリフ全部飛んじゃった。
「本物だよ」
エルモ少年、うっとりと息をついて、鱗のキラキラしたのとか、ぎょろっとした目玉だとかを屈み込んで眺める。海の生き物が好きなのかな。
「魚初めて見る?」
エルモ少年は元気よく首を縦に振った。帽子のてっぺんについたボンボンが揺れる。
「すごいね。これみんな食べられるお魚でしょ」
指をさしながら魚の名前を次々にあげて、噛み締めるみたいにショーケースに張り付いた。オズの水族館、アートっぽい所しかないもんね。
気のすむまでお魚を堪能したエルモ少年、膝を伸ばして、小ぶりな鯛を指さす。
「お魚、新年のやつ、赤いのください」
覚えたことちゃんと言えたね。よかった。
「うん。ちょっと待ってな」
お姉さんが丁寧に保冷剤を敷いたケースに入れてくれる。お会計、とお姉さんから言われて、エルモ少年、革袋を読み取り機にかざして……
BEEEP
残高不足のアラートが、無慈悲に鳴った。なにが起きたのか分からないって顔で、エルモ少年は大きなライトブラウンの目を、お姉さんに向ける。
「ええと、ちょっとお金が足りないね」
「足りない」
「このままじゃ買えないってこと」
えーと。エルモ少年。これはとっても悲しいお話なんだけど、お金って、使うとなくなっちゃうんだよ。
「買えない……?」
最初に30あった銀貨の行方は、包子と、お菓子と、廟への投げ銭。投げ銭だけ、見てる大人たちの目だと把握できてなかったんだな。
「お家の人から、なんか言われてなかった?」
バックパックの肩ひもをいじって、何か思い出そうとするエルモ少年。
「それの残りが25になるまでなら、好きな物買ってよかった」
「今いくらか見える?」
「24」
「数字読めて偉いね。でも、このお魚が25するから」
1足りないんだ、と、お姉さんは指を一本立てる。
「どうしよっか。お家の人に連絡する?」
魚屋のお姉ちゃんが尋ねると、エルモ少年は目玉がこぼれちゃうんじゃないかってぐらい、目を大きく開いた。
「だめ」
「だめかあ」
「だめ」
お姉ちゃん、エクステに指を引っ掛けて考える。
「……アタシが持つかぁ?」
小声で言って、携帯端末でどこかに鳩【はと/電子メッセージ全般を指す】を飛ばすと、店先から上半身だけヒョイと傾け、見守りスタッフさんに目配せ。スタッフさんが助け船を出そうとお店に足を踏み入れかけた、その時。
「あの……ちょっと、待ってほしいです」
ションボリ背中を丸めてたエルモ少年、なにか閃いた。キツネのバックパックを背中から降ろすと、中を開けてゴソゴソやる。出てきたのは……別の革袋だね。
背伸びして「足りますか」ってお姉さんへ手渡す。受け取ったお姉さん、読み取り機で残金を確かめる。
「足りるよ。でもこれ、どうしたの?」
「今月のおこづかい」
おやまあ。
「ほんとは、ゲームの服買うやつなの。でもいいよ。エルモは来年お兄ちゃんになるから」
ねえ、ちょっと。これ、お家の人、感極まって泣いてるんじゃない?
お姉さんも、渡された革袋を手に腕組みして、うーん、と唸る。
「使うと残り4になるけど、いいの?」
「うん」
「ほんと?」
「ん!」
エルモ少年の決心が固いのを確かめると、会計用の端末を操作するお姉さん。
「じゃあ、お兄ちゃんのお金で足りない分払うね」
不足分を清算し、革袋をエルモ少年に返す。
「はい。お買い上げありがとうございました。空の革袋はアタシが預かるね」
残金の減った革袋をリュックに片づけるのを見届けてから、お姉さん、魚の入った保冷ケースを丈夫な袋にいれて、少年に手渡す。
「うん!」
「気を付けて持つんだよ。重たいよ」
エルモ少年は袋を抱き上げた。
「うん!」
「お家の人とはどこで待ち合わせ?」
「えっとね、犬の像のところ。さっきママと弟が元気でってお願いしてきた」
そういうご利益の犬じゃないんだけど……まあ、いっか。聞いてくれるんじゃない?
「送ろうか? 一人で行ける?」
お姉ちゃんが膝に手を当ててかがむ。
「だいじょぶ」
お返事が元気。
「お兄ちゃんになるもんね。頑張れ」
両手で袋を大事に抱きかかえたエルモ少年、「頑張る」って返事して、袋を抱きかかえたまま、魚屋さんに手を振った。その少し後ろ、ベンチで携帯端末を見ていたお兄ちゃんが、魚屋のお姉ちゃんに片手を挙げると、スッと立ち上がってさりげなく後を追う。
見届けた魚屋のお姉ちゃんは、ふうと息をついた。店先で助けようとしてくれたスタッフさんが労ってくれる。
「お疲れ。初めてにしては頑張ったよ」
魚屋のお姉ちゃんは首を振った。
「超過分、あの子に払わせて良かったのかな」
「うちの規約だと、5まではお客さん負担だから平気」
「そう? それならまあ……」
魚屋のお姉ちゃんは、店先のクッションが乗ったプラスチックケースに腰かけ、腕をうんと伸ばした。
「じゃあ私も戻るね。あとで活動報告書出してもらうから、作っとくんだよ」
「はいよー。お疲れさま」
大人は大人で、色々とやることがまだ残ってるみたい。
一方、お兄ちゃんになるエルモ少年。保冷ケースを一生懸命抱き上げて、来た道を戻っている。その後ろを、お兄さんがゆっくり付いていく。待ち合わせ場所の、赤と黄色でできた小さな廟の門の下に、エルモ少年とお揃いのアウターを来た一組のカップルが待っていた。エルモ少年のご両親だ。
「パパー! お買い物できた!」
ダッシュで体当たりするエルモ少年を、穏やかそうな細身のパパが受け止める。これでゴールだ。ついてきていたお兄さんは、そっとその場を離れた。
エルモ少年と同じデザインの帽子をかぶったショートカットのママが少年の帽子ごしに撫でる。
「ママの代わりにありがとね、エルモ」
実はエルモ少年、おなかが大きくなって動くのがつらいって言うママの代わりに、自分がお買い物するって言ってきかなくて。それが今回の冒険のきっかけなんだって。
「渡したお金で足りた?」
一部始終を分かったうえで、パパがエルモ少年に尋ねる。エルモ少年はパパを見上げる。
「大丈夫だったよ」
それを聞いて、パパはエルモくんを魚の入ったケースごと抱き上げた。
【スタッフ】ナレーション 山中カシオ/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック
P-PingOZ「絶対あんぜんおつかい録」 終わり