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「きみはともだちだった」

いつかのどこかのお話です。
あるところに、第02特区という島がありました。
みんなはこの島をオズと呼び、日々せいいっぱい生活しています。
この島では、住民の皆が主人公。
そんな彼らの様々ないとなみを、ひととき、覗いてみましょう。
今日の舞台は、結婚式。
年の離れた親友のため、スピーチを読み上げる大役を仰せつかった主人公の奮闘をご覧ください。

  P-PingOZ 「きみはともだちだった」 ナレーション:リエフ

 ましろ地区のホテル・スパローにある屋上庭園で、ささやかながら幸福なブライダルレセプションが、山場を迎えようとしています。時刻は午後7時。濃淡さまざまな青や白の紫陽花で彩られた庭園に、夕陽が差し込みます。
 その夕陽がいちばん映えるアーチの前に、二人の人影。
 白いタキシード姿の方が流山三津【ながれやま みつ/女性/43歳/大学教授】さん、青いプリンセスラインのドレスに身を包むのが千萱マリア【ちがや まりあ/女性/24歳/作曲家】さん。お式の主役です。三津さんとマリアさんは、これから、結婚の誓いに真珠をあしらった品物を贈り合うところです。
 太陽と海が重なる日没は、溟渤教【めいぼつ/第02特区で最も広く信仰されている一神教】では異なる二つの世界がひとつになる、という意味が込められ、結婚の象徴なんです。
 そこで、誓いの贈り物をお互いに渡し合うのが、古くからの結婚式です。昔は海で生まれるジュエリーが尊ばれたので、真珠をあしらったものがメジャーだったそうですが、現代では、カップルによって贈り合うものは様々ですね。ペアリングが一般的でしょうか。
 ストリングカルテットのBGMが日没の庭園にしっとりと響く中で、三津さんが音符をあしらったヘアアクセサリーをマリアさんへ、マリアさんがピアスを三津さんへ、それぞれつけてあげています。西日で逆光になっていても、その手つきの優しさが、お二人の心をなにより豊かに語っていました。
 そんなカップルを見守っている、薄紫のゆったりしたセットアップを夕焼けに染めた方が、私たちの主人公。雨桐・ヒル【ユートン・ヒル/29歳/男性/造園業】さんです。胸元に飾られるフェイク紫陽花は濃い青。三津さんの来賓であることを表します。
 進行役であるマリアさんの友人から呼ばれ、雨桐さんは度数の高い清酒の入った小さなグラスを飲み干しました。下ろした長い髪を後ろに捌いて立ち上がると、ゆったりしたシルエットのジャケットから紙製の封筒を抜き取ると、マイクの前へ向かっていきます。
 私たちは、雨桐さんが今日のスピーチ原稿を書き上げるまでの数日を見守ってきました。スピーチが始まる前に、この場に至るまでを、スピーチが始まる前に振り返っていきましょう。

【挙式一週間前】
『お友達と出会った場所は?』
「八年前。相手の勤め先、朝露大学」
『調べます……調べました。大学の詳細はスピーチに反映させますか?』
「いいえ」
『承知しました。質問を続けます』
 造園業者にお勤めの雨桐さん、事務所から今日の作業場へ向かうトラックの車中で、携帯端末と会話しています。これはスピーチの草稿を作るため、基本情報を対話型の人工知能に入力していらっしゃるんですね。
 他にも、お式の形式や相手の好きな物、触れてはいけない話題などなどを入れ込んでいきます。最後に『私が作成しますか?』と尋ねられますが、雨桐さんは「いいえ」と答えました。
「自分が作るから、ミスを指摘してほしい」
『承知しました』
 自動ブレーキがゆっくり車体を路肩に停めます。大学の授業を終えた後輩の魯アリン【ろ ありん/21歳/女性/造園業・学生】をピックアップするためです。
「ありがとね、雨桐哥(にいさん)」
 そうして乱暴に手動でドアを閉めるアリンさんを、注意するような眼差しで見る雨桐さんです。
 アリンさんは雨桐さんを「にいさん」と呼びますが、これはひいろ地区で年の差がある仲の良い二人がそう呼び交わすものです。
 助手席に飛び乗るアリンさんが作業帽を脱いで尋ねます。
「雨桐哥(にいさん)、それ家でやらないの?」
 携帯端末の画面が見えてしまったようですね。
「親にからかわれる」
 雨桐さん、低く気怠い声でお返事します。
「あー。嫌だよねえ」
 アリンさんもうんざりしたご様子を見せたあと、話題を変えました。
「溟渤の結婚式って出たことないけど、どんな感じ?」
「俺も初めてだから、分かんない」
 雨桐さんとアリンさんは、ひいろ地区出身で、考え方や日常生活は海神教【テロップhai xing/特にひいろ地区で信仰されている多神教】の教えに基づいています。おめでたい色は朝焼けの赤と黄色で、日の出の方がポジティブな言葉です。
 このたび雨桐さんが参列する結婚式は、ドレスコードも、おめでたい席で避けた方が良いことも違います。
「庭も初めて作るし」
「私も教授の庭作るの手伝いたかった」
 朝露大学で三津さんの教え子でもあるアリンさんは、羨むように口を尖らせて、鞄からタブレットとヘッドホンを取り出しました。
「授業聞いてるから、現場着くまでスピーチの原稿作ってていいよ」
「アリンに聞かせるのも恥ずかしいんだよ」
 働きながら大学に通っているアリンさんは、お仕事の隙間時間で欠席した授業のアーカイブをご覧になっているようです。
「大丈夫、私集中すると全然聞こえないから」
「そういうことなら」と、運転をフルオートに切り替えて、雨桐さんは携帯端末を手に取ります。
「ご紹介に預かりましたとか、言った方がいいわけ……?」
『それは式の形によります』
 頼んでいないのに答えてくださる人工知能に向かって、雨桐さんは、先が思いやられるな……と呟きました。

【挙式三日前】
 今日はお仕事がお休みの雨桐さんは、自家用の小型自動車でご自宅から東を目指していました。道すがら、ぼそぼそとスピーチ原稿を読みあげて、「お二人の新しい船出の幸福を祈っています」と結んで、数秒。ハンドル部分に固定していた携帯端末からスピーチの解析結果が出ます。
『必ず訂正が必要な部分が四か所、口語文語混じりが十か所、単語の誤用が三か所ありました』
 信号でブレーキを踏んだ雨桐さん、呻き声を上げてハンドルに上半身を預けます。
「要訂正箇所だけ教えてくれる?」
『まず、溟渤の結婚式においては、夜明けより夕陽の方が表現としては的確です。同じく、草木より海の美しい物に例える方が表現として的確です。また、健康を祈念するのは事前登録情報と照らし合わせて適切ではありません』
 矢継ぎ早に指摘された雨桐さんの青みがかった黒い目が携帯端末を睨みます。
『最後に、出会ってから八年、ウニと海鳥のように喧嘩ばかりしていた俺たちが、の部分』
「そこだめなのか? 溟渤の話だと、第一印象最悪でも友達になるんじゃないの?」
 今諳んじる原稿のファイル名は『スピーチ_05』。色々と直されたようですが……
『説話においてその二者は恋人になります』
 雨桐さん、目を向いて携帯端末を凝視しました。
「……ありがとう」
『どういたしまして。用法が曖昧な比喩は使用しないことをお勧めします』
「そうします」
 律儀に返事した雨桐さん、危ないとこだった、と、絞り出すように呟きました。信号が変わり、目的地すぐそこ、と、ナビシステム音声が告げます。
 駅からゆるいカーブを描く道を運転して行くと、うつぶし地区の『職人通り』です。時間貸しの駐車場に車を停めた雨桐さんは、背中を丸めると携帯端末の地図を見ながらしばらく歩いて、「手紙屋」の看板がかかるお店の前で立ち止まりました。
 携帯端末で何かを確認なさると、背の高い体を折り曲げドアをくぐりました。
 フィラメント風の丸い電球が幾つもぶら下がるお店はさほど広くなく、今ではすっかり見かけない紙製品のレターセットや物理ポストカードが並びます。電球を避けて、雨桐さんはレジのお爺さんに声をかけます。
「どうも」
 片目にルーペをインプラントしたご老人が顔を上げました。「代書か?」カウンターの上には、『各種代書』『行政書士資格あります』の文字。
「いいえ」
 雨桐さんは、携帯端末の画面を操作すると、お爺さんに見せました。
「渤式の結婚式で使う、手紙の道具をここで扱ってるって聞いたから」
 左目のルーペをガチャガチャと動かしたお爺さんは、画面を見て「なるほど」と頷きました。
「珍しいね。古式かい」
「そこもよく分かってなくて。水に溶ける紙でスピーチの原稿を書いてほしいって」
「そんなら古式だな」
 よっこらせと立ち上がったお爺さん、陳列棚から、鯨のつがいが描かれた、淡い青色のレターセットを取り出します。
「古い結婚式の形だよ。誓紙を溶かす水桶があるから、読み終わった手紙そこに入れるんだ。水溶性の紙を使う」
 溟渤教では、神様が海底におわします。結婚式やそのレセプションでは、宣誓書の写しを水に溶かしたり、海に流して神様にご報告するのがならわしです。「ふうん」手に取ったレターセットをお店のライトに透かしてみたり、物珍しげに眺める雨桐さん。
「じゃあ、これにするよ」
「書き損じが直せないから、予備もあった方がいいよ」
 抜け目のないお爺さんのお勧めどおり、雨桐さんはレターセットを三つと、夜の海色をしたペンを買い求めます。
「あの、俺、溟渤の結婚式初めてで。スピーチってなに書いたらいいかな」
「そんなもん、人によるわな」
 お爺さんは商品を袋詰めして雨桐さんに渡しながら答えました。
「礼儀守って、敬意払って、祝いの言葉に嘘がなきゃいいのさ」
 袋を受け取った雨桐さん、「どうも。参考になった」と軽くお辞儀して、手紙屋さんを後にします。
 お店を出た雨桐さん、深いため息をついてその場に屈みました。レターセットが地面で汚れないように捧げ持つ姿は、なにか祈るようにも見えました。

【挙式前日】
 フェイク紫陽花をかんざし代わりに長い黒髪をまとめ、今日はフォーマルなユニフォームの黒いシャツとスラックスの雨桐さん、今はホテル・スパローの屋上庭園にいらっしゃいます。
 雨桐さんの友人、三津さんのご希望で、式場になるお庭のデザインを雨桐さんが請負っているのです。固定されているフェイク植物たちの隙間に、雨桐さんの職場から持ち出した紫陽花を使って、品よく可憐な雰囲気に仕上げます。紫陽花が多く使われるのは、この植物が、結婚や家族の象徴だからですね。
 長く花をつけること、花が身を寄せ合うように見えること、色合いも私たちのオズではおめでたいこと。紫陽花が綺麗な季節、ツユクサ月【配信地域では6月ごろを指す】の結婚式が多いのは、そういう理由でしょうか。
 もともと商業施設の休憩スペースやアトリウムの造園が得意な雨桐さんですので、お仕事自体はすいすいと進みました。今はお庭の設営が終わったので作業に使っていた脚立に腰かけています。この後、テーブルグリーンを置くまで少しの休憩といったところ。その口元は、小さく動いています。
「こんにちは、雨桐さん。お疲れ様です」
 同僚のみなさんと少し離れたところで明日の練習をしていた雨桐さんはそっと、片側だけつけていたワイヤレスイヤホンを外しました。三津さんのパートナーであるマリアさんがいらっしゃいました。
「差し入れです」
 階下のショップで売られる、お花のシロップで味をつけた炭酸水を渡されます。
「いいのに。明日の準備とかあるでしょ」
 マリアさんたちは今、下の階に前入りで宿泊されているそうです。
「お式の前に、ゆっくり見たくて」
「三津にいさんは?」
 雨桐さんが尋ねると、「明日の品物を受け取りに」と、マリアさん。式で贈り合うジュエリーのことですね。「そう」雨桐さんはぎこちない笑顔を浮かべます。
「よかったら、あとで連絡してあげてください。あの人朝から黙っちゃって。緊張しているみたい」
「うそでしょ」
 驚いた表情を作る雨桐さん。
「あの人黙ることあるんだ。知らなかった」
「雨桐さんにも知らないことあるんですね」
「あるよ。そりゃ」
「きっと、雨桐さんしか知らない三津さんもいますね」
 お庭を見渡すマリアさんの綺麗なブロンドを留めるスカーフが、ゆるやかに揺れました。
「お花、真ん中ほど色が薄いんですね。きれい」
「だって、一番きれいな人が真ん中に座るだろ」
 雨桐さんは意味ありげな微笑みでマリアさんに視線を向けました。
「……からかわないでください」
 頬をばら色に染めたマリアさんは、レースの手袋で覆われた左手を頬に添えてはにかみます。その手袋とブラウスの隙間から、チタンのフレームがちらりと覗きました。
 音大で学んでいたマリアさん、数年前に事故で義手になった際マッチングがうまく行かず、演奏家の夢を諦めました。今も後遺症で義手が上手く動かなかったり、熱を出してしまうそうです。
「からかってない。あの人がさ、マリアさんがとびきり美しくなるように、って言うんだ」
「いやだ、言いそう!」
 はにかんだまま、マリアさんは雨桐さんが譲った脚立に腰かけます。
「愛情表現がすごいから、三津にいさん」
「はい。でも、あの人の、そういうところが好きで一緒にいることにしたんです」
「うん」
 庭園の飾りタイルに直接座って、雨桐さんは炭酸水のボトルを開けました。
 「三津さんとは事故の後、だいぶ塞いでいた時期に知り合って。とても大事にしてもらったんです。夜中に来てくれたり……大丈夫ですか?!」
 雨桐さんが飲みかけの炭酸水で咳き込んでいます。
「あれ……あれ、あなただったんだな」
 落ち着いた雨桐さんが、片手を地面について息をつきました。
「夜中に通話で叩き起こされて、あの人ましろ地区に送って、朝方まで駐車場で寝て仕事行ってた時期があって」
 それを聞いたマリアさんが両手で顔を覆います。
「変だと思っていたんですけど、あの人、何も言わなかったから……」
 何度もごめんなさいと繰り返すマリアさんに、「怒ってはいないから。あの人がそこまで入れ込んでた人は、俺が知る八年であなただけだよって話」と雨桐さん。
 マリアさんがそれを聞いて、照れ隠しなのか、可愛らしい眉を吊り上げます。
「も、もう絶対そんなことさせませんからね! 雨桐さんをそんな使い方したら、私が怒ります!」
 そんなマリアさんを眩しそうに見て、雨桐さんは笑いました。
「いい子だね。今の話、明日使ってもいい?」
「それは……はい、私は大丈夫です」
「ありがとう。今日話せてよかった。三津にいさんを頼むよ」

 ……さて、カメラを今に戻しますと、緊張した面持ちでマイクの前に立つ雨桐さんが映っています。

 三津さんの友人代表としてご紹介があり、『三津さんとマリアさんへ』と書かれた薄青い封筒から、便箋を抜き取りました。少し震えた息を吸って、話し始めます。
「随分若造が出てきて、驚きましたか。おれは雨桐と言って、三津さんの大学にも出入りしている造園業者の人間です。今日の式場も手伝いました」
 マリアさんのご友人から拍手が起こって、どうも、と、雨桐さんは髪に指を絡めます。
「三津さん、大学でが古い溟渤の説話を研究してる人なんですけど、色んなことに興味がある人で。それは良いところだと思うんですが、納得するまでどうして、なんで、って聞いてくるんですよね。二歳児か? ってぐらい」
 そこで、三津さんをちらりと見ます。
「で、植え替えの仕事中だっていうのに、俺の同期に構内で延々絡んできて半泣きにさせたの。それで、いい加減にしてくれませんって、わりと本気でキレたのが出会いです」
 会場が少しの笑いで満ちました。
「そこから十年近い付き合いになるなんてね。分からないものですね」
 かさ、と、便箋が入れ替わる音。
「歳はだいぶ違うんですけど、俺はドライブが好きだったのと、三津さんは、あちこち行くのが好きで、利害も一致したんで色々なところに行きました。夕飯だけ食べに空港に行って、そのまま魚釣ってみたいって言うから道具積んで夜釣り行ったり」
 雨桐さんが楽しかったよね、と言えば、三津さんは切れ長の目を細めます。お二人の視線には思い出が宿っているようでした。
「そしたら、夜中に叩き起こされて、僕の友達が大変なんだ。連れて行ってくれ、ですよ」
 主賓の席に座っていた三津さんが「きみ、それは」と、身じろぎしました。
「三津さん、マリアさんに格好つけたくて俺のこと馬車がわりにしてたっていうのが、つい昨日分かりました」
 三津さんがヤケのように背の高いグラスに入った葡萄酒を飲み干しました。
「こっちは車中泊してから出勤してたんだぞ。それでも付き合ってたのは俺だけど」
「悪かったって」と謝る三津さんに、また会場から温かい笑い声。
「本当だな? それで……なんでそんな事してたのかって、自分はずっと、そういう三津にいさんに、なんというか……世界を広げて貰ったような気がしたんです。めちゃくちゃ言うけど、それは大事な人のためなの知ってるし」
 最後の便箋が捲られます。
「出不精で他人と連絡取らないタイプの俺を知らないところに連れて行ってくれたのは、この人だったので。三津さんのおかげで俺の世界が豊かになったみたいに、マリアさんの心に差し込む、綺麗な夕陽であってください」
 ゆっくり会場を見渡した雨桐さんは息継ぎをして、マリアさんの方に首を傾けます。
「マリアさんとも少しお話ができて、この人なら、きっと三津さんのこと、程よく叱って、程よく甘やかしてくれるだろうと思いました。三津さんが俺を使うほど大好きなんだって、自信持っていいよ。三津さん。マリアさん本当にいい人だから、あんまりないがしろにしちゃだめだよ」
 夕陽が美しく差し込む庭園に、雨桐さんの落ち着いた声がゆっくりと響きました。
「二人の新たな船出が、穏やかであることを願うばかりです。結婚おめでとう。二人で幸せになるんだよ」

 一礼した雨桐さんを、席を立った三津さんが強くハグします。やめなよ、と苦笑いした雨桐さんが畳んだ四枚つづりのお手紙は、その後銀の水桶に浸されて、溟渤の神様に捧げられました。
 幸せを願う言葉たちは、オレンジ色の入日に輝きながら溶けて消えていきました。

【スタッフ】ナレーション リエフ/音声技術 琴錫香/映像技術 リエフ・ユージナ/編集 山中カシオ/音楽 14楽団/テーマソング 「cockcrowing」14楽団/広報 ドロシー/協力 オズの皆様/プロデューサー 友安ジロー/企画・制作 studioランバージャック

 夜の帳が降りたら、お式は一度幕引きになります。暗くなったらカップルたちの時間になるためです。カップルは退場し、あとは二時間ほど参列者たちのアフターパーティーへ……というのが、この季節のスタンダードなお式の流れです。
 三津さんとマリアさんを見送って、雨桐さんはテーブルから離れます。庭園の片隅に隠れるように置かれた喫煙スペースで、胸ポケットからもう一通「哥哥(にいさんへ)」と書かれた封筒を出しました。
 誰もいないのを確認し、雨桐さんはライターで封筒に火を点けて、円筒型をした灰皿にそっと置きます。
「俺がクソ意気地なしでよかったよ」
 呟く雨桐さんの寂しそうな微笑みが、彼の気持ちを灰に変える炎に揺れました。

 燃やす、という行為は、雨桐さんの信じる海星では弔いにあたります。

  P-PingOZ 「きみはともだちだった」 終わり

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